気になることだけ

日常で気になった事を書いています。エンタメ、暮らし、美容、恋愛、資格。ジャンルは絞れませんでした。

食事をしに行ったら、隣の席がパパ活だった。

 

つい最近、友人とイタリアンのお店で飲んでいたときの話だ。

 

この日は休日なのでどのお店も家族連れやカップル、女子会に会社の飲み会で賑わっていた。

「もしかしたら入れないかもね」と話していたが、店内を覗くと一つだけテーブル席が空いていた。

こういうときの運は良い方だと自分でも思う。

 

席に案内されるなり、生ビールを注文した。

追加で生ハムにサラミ、タコと青唐辛子のアヒージョも。

食事とお酒が美味しいので自然に会話も弾む。

 

ほろ酔い加減がピークに達して一息ついたとき、ふと左横の男女が目に付いた。

およその年齢差からして最初は親子かと思ったが、親子にしては会話が少し変なのだ。

趣味の有無を聞いていたり、女の子が年配の男性の話をひたすら褒めていたり。

距離が近いので、自然と聞こえてしまう。

 

上手く言えないが、娘が父親に向けるような視線でもなければ、父親が娘に向けるような視線でもない。

例えるならデート中の男女の、お互いに静かに何かを期待をしているようなアレに近い。

 

しばらくして年配の男性が女の子に自分の携帯を手渡した。

スマートフォンを渡された女の子はというと慣れた手つきで淡々と何かを入力している。そして何かを入力し終わり、携帯を年配の男性に返すとトイレに立った。

 

友人と目が合う。

疑問を浮かべた顔をしていると「カードかアプリの送金画面だったよ」と教えてくれた。

席から年配の男性の手元が丸見えらしい。

「なんか気まずいね」と小声で返しておく。

 

女の子がトイレに立つと、年配の男性が会計をし始めた。

声がよく通る。領収書を切ったようだ。

他人の懐事情に興味はないが、多分パパ活であろうと思われる食事代を経費で落とすのはいかがなものか。

 

トイレも会計も済ませた二人は出口に向かう。

40半ば~後半ぐらいの服装に気を遣っているが、少しビールっ腹の男性を追いかける形で、綺麗な茶色のロングヘアにBurberryのロゴTシャツ、Diorのハンドバッグを身に付けた二十代半ばであろうアイドル系の女の子が私の真横を通り過ぎ去っていく。

申し訳ないが、仕事をしているようには見えない。

 

あと少しで店を出るといったところで、私の真後ろの席に座っていた家族連れがざわついた。

母親らしき女性が「ねえ、あれ、パパ活?パパ活なの?」と家族に聞いたのだ。

子供達の回答は聞こえなかったが、この家族連れも私たちと同じように何だか気まずかったはずだ。

 

きっと彼女は母親らしき女性の言葉も私達の視線にも気付いている。

見せ物に近い視線や言葉に耐えられることはシンプルに凄い。

「その気持ちの強さと忍耐力を仕事に活かせば、何かが生まれるのに」と彼女に対して思ってしまったが、自分の意思でパパ活をしている彼女からしたら余計なお世話だ。

 

個性を尊重する時代になって個人の考え方が極端化し、ネットが以前より当たり前になった今、手軽さや楽を求めて簡単に我慢と危険を受け入れる女性が増えた。

ネットを駆使しているのなら、女性が相手の男性に騙されたり、女性が死亡した記事を見かけていると思う。

それなのに辞めようとしないのは味を占めて自分の欲に溺れてしまっているということなのだろうか?

多分、もっとシンプルな理由なのだろう。

 

「女性は現実を求めて、男性は理想を求める」、これを具現化したものが「パパ活」だと私は考えている。

 

個人的な話になるが、パパ活のせいでパパ(お父さん)が私と一緒に出かけるのを嫌がるようになった。

馴染みの飲み屋で一緒に飲んだときに、よくわからない常連から「本当のお父さん?」と言われたことがきっかけだと思う。

「酒が入っているといえ、わざわざ聞いてくるような奴の言うことを気にしなくて良いのに」と私は思うが、どうやらそうもいかないらしい。

打たれ弱い生き物である。

 

三年前ぐらいからハイブランドで買い物をする際に、行きの車内で「絶対にパパと言うなよ」と念を押してくるようになった。

会計処理時の店員の話しかけにも一切、応じずに沈黙を貫く。

帰り道の車内では「俺はパパだけど、パパじゃないぞ」だ。

実の親にこんなことを言わせたくない。

 

これから先、仮に「パパ活」という名前のブームが落ち着いたとしても、「パパ呼び」から連想するイメージを拭うことは出来ない気がする。

誰も手の付けられない問題になってしまったのだ。